2012年2月13日月曜日

【ネタバレBookReview】実戦ボトムアップ・マーケティング戦略

ジャック・トラウト,アル・ライズ
日本能率協会マネジメントセンター
発売日:2011-11-23
現場レベルの戦術から積み上げて考える、ボトムアップ型の戦略策定の指南書。マクロ環境から落とし込んでいくマイケル・ポーターの競争戦略の理論などとは対称的に、現実を踏まえるからこそ生きた戦略になる、という発想。内容としては、野中郁次郎氏の知識創造企業の考え方に近しいものとなっています。理論ではなく、現実的に戦略が必要になる(しかも少しでも早い実践が求められる)場合に参考になる内容です。

以下、要点と解釈を整理します。


  ボトムアップ・マーケティングとは
ボトムアップ・マーケティングは、一言で言ってしまえば、現場での戦術レベルからの積み上げによって決定されるマーケティング戦略。現場での試行錯誤=戦術の結果から、最適な組織としての戦略に昇華させ、そして再び現場レベルの戦術に落とし込んでいく、というアプローチで行うもの。つまり、現場中心のマーケティング戦略といえます。

なお、言葉の定義を整理すると
・戦術とは
  「顧客の心の中で、競合に対して優位性を得ることができる斬新な切り口」
  「成果を得るための手段、手法」
・戦略とは
  「首尾一貫したマーケティングの方向性」
  「成果を得るためのプロセス」
といった定義になります。戦略が方向性を示すものであり、その実行手段として戦術を組み合わせていくことが必要になります。

いままでは、戦略を考えてから戦術を考える=トップダウン型 が主流だったわけです。しかしこれでは現場で起きている未来への小さな変化やイノベーションを戦略に反映することができません。特に現在のように、ソーシャルメディアが発展し、日常生活やデイリーワークにイノベーションのチャンスが多数ある中で、現場の声がフィードバックされないことは大きなロスにつながる可能性があります。そこで、
 ・まずは目の前の顧客に対する戦術を考える
 ・その戦術を生かすための方向性=戦略を探る
 ・示された戦略に従い、成果獲得のための実践へ
といった、ボトムアップ型(厳密にはボトムアップ・ダウンですが)が必要、ということなのです。


  ボトムアップ・マーケティングのアプローチ
本書では第2章以降でボトムアップ・マーケティングのアプローチが整理されています。

≪最初の戦術策定≫
①現場に出向く
戦術は成果を得るための手段であり、現場で必要になります。そのためにはまず、現場を知ることが必要となります。具体的に現場で何が起きているのか、何が必要なのかを徹底的に観察し、考えることが求められます。安易な判断や支持は必要ありません。真摯に現実を受け入れることが必要となります。なお、事例には三現主義(現場・現物・現実)を重視するホンダが取り上げられているあたりは、野中郁次郎氏の知識創造企業を連想させます。

②時流を観察する
ものごとの流行り廃りではなく、大きな社会の流れ・傾向を見据えることが必要となります。将来の予測ではなく、現在起きている流れに着目することが求められるのです。そして現在の流れから、未来を自分の手で創造するために何をすべきかを考えるべきなのです。

③焦点を絞る
全ての問題を一度に解決することは困難です。成果を得るために解決すべき現場レベルでの問題を、時流を読んで汲み取り、絞り込むことが必要になります。

④戦術を決める
焦点を絞り込んだら、競合よりも顧客にとって価値のある存在になるための手段を決定します。それが戦術です。ここで注意すべきは“競合はいない”としてしまうことです。競合がいない状況など、ここまで高度化した社会においては(少なくとも消費者心理・顧客心理という観点からは)あり得ません。顧客の心をつかむために、単に顧客志向になるだけでなく、またプロダクトアウト的な志向になるのではなく、如何にして斬新な切り口を見つけるかが必要となるのです。このあたりは、コトラーのマーケティング3.0に通じるものがあります。


≪戦略の策定≫
⑤戦略に組み込む
策定した戦術を戦略に組み込んでいきます。もともと戦略が存在するならば、④で策定した戦術に基づいて戦略を修正しなければいけません。戦略がないならば、戦術に基づいてマーケティング全体の方向性を定めることが必要になります。

⑥変化を加える
戦略を戦術に組み込むことで、戦略の内容や名前だけでなく、商品やサービスの内容、価格、提供方法、プロモーション方法(いわゆる4P)の修正が必要となってきます。より有利にマーケティングを展開できる方向性を探るのです。

⑦戦場を変える
4Pの修正でも戦況が好ましくないなら、戦う場所を変えることが必要です。いわゆる、リ・ポジショニングというものであり、住み分けと呼ばれるものです。真っ向勝負だけが戦略ではありません。むしろ、市場を切り分けて自らが優位になるポジションを探ることは、現代経営の常識的なアプローチといっていいでしょう。

⑧戦略を試す
策定した戦略が妥当であるか、成果に結びつくものになるのかを試す必要があります。市場や顧客の反応をみたり、自分たちが本当にその戦略に対応できるだけの力があるのかを確認したり、競合よりも有利になるのかを確認することは必須です。いわゆる、ふぃイージビリティ・スタディというものです。

⑨戦略を決定する
部下という立場であれば、ここでは意思決定者への提案というプロセスになります。リーダーという立場であれば、周囲の支持を得ることが必要になります。シンプルに、必要なことを必要なだけ伝えることが肝心です。難しい資料ではなく、要点を抑えた一枚の紙が必要なのです。


≪戦略の実行へ≫
⑩経営資源を獲得する
戦略を実行するための経営資源(ヒト・モノ・カネ・情報)を確保します。このとき、注意すべきことは“分散させすぎないこと”です。成果を挙げるために十分な経営資源を集約しなくては成果になりません。ちょっとだけ、片手間に、といった感覚では失敗するリスクが高まるのです。得るべき成果の大きさに応じて、投入する経営資源も調整することが必要なのです。いつでも“選択と集中”は必要なのです。

⑪戦略を実行する
策定した戦略を再び戦術レベル=計画に落とし込み、実行します。このとき、経営資源と得るべき成果のバランスを考えて実行方式を考える必要があります。一気に勝負するならば大量に経営資源を投入しビッグバン型で、段階的に進めるのであれば最少人数に絞り込んで経営資源を投入するロールアウト型でえ展開していくことになります。ただし、いずれも成果を得るための積極的な姿勢は保たれなければいけません。

⑫軌道に乗せる
実行した戦略が継続的に成果を得られるように、ビジネスプロセスを安定化させることが必要です。属人的な要素を排除し、情報共有を促進して、全体の機能を最適化させていくことが必要なのです。

⑬損失を断ち切る
戦略に問題があるのであれば、手を引くことも必要です。その要因は、
・戦略が間違っている
・自らの力量以上のことをやっている
・想定外の事態が起きている
の3つに絞られます。いずれかの問題が起きているのであれば、戦略を止め、損失を少しでも早く断ち切ることが必要です。


最後に:正々堂々と戦う
これらボトムアップ・マーケティングを行うためには真摯な姿勢が一貫して必要となります。目先の利益だけでなく、自らが何を求めるのか、現場で何が起きているのか、この先何をすべきかを真摯に考えることが必要なのです。このあたりも野中郁次郎氏の賢慮型リーダーシップにつながるものがあります。今後の経営には、システマティックなマーケティングだけでなく、哲学のあるマーケティングもあわせて必要になってくるということなのでしょう。実際にハーバードでは、競争戦略のマイケル・ポーター氏と知識創造企業の共著者である竹内弘高氏が共同でクラスをもっていたりするわけですから。